月下星群 〜孤高の昴

    “暗黙の了解。”
  


腰を低めに落とし込み、
(はな)から刀の柄へと手を添えてはいるが、
刃は抜かずの鞘に納めたまま。
集中をしていてだろう、その身は堅くなって動かぬが、
実際の戦闘時には、こうまでのんびりとした気合いだめはしなかろう。
一瞬で気を絞り上げ、その鋭端へ殺気を添えて、
容赦なく繰り出せるほどの、

 “正しく、鬼神のようなお人だ。”

普通なら、此処で鋭い炸裂音を口許から聞かせての、
腹へと溜めた気合いを一気に放つところだが。
こちらの青年はそれさえせずに、
長々とした間合いをびくともしない。
いい陽気に照らされているばかりな昼下がりの甲板には、
周囲を巡る海に立つ、大波・細波の音だけが、のどかに響くのみであり。

  だがだが、

緑の頭を心持ち下げての俯いたも同然な姿勢から、
ふうと息つき身を起こしたと同時。
船端の上へと載せていた、小ぶりの樽に差した鋼の棒が何本か、
随分と間合いを経てから、
からからんとにぎやかな音立てて、刻まれての落ちかかる。
ウソップから頼まれていた寸法どおりの長さなはずで、
一体いつ太刀を抜いたのかも見えぬよな、
そりゃあ素早くも鋭い太刀を振るったゾロだったらしい。

 「おおお、これはお見事な。」

肉のない手でも、手套越しに叩けばそれなりの音はするもの、
唯一の見物だったブルックが、見事見事と拍手を送り、

 「居合い名人とは思いませなんだ。」

余程に年経た名人や剣豪ならともかくも、
まだまだ十代といううら若さ。
それだってのに、
大人数相手の斬り結びでは、流れるような攻勢が全くの全然失速しないわ、
岩でも壁でも、鋼の相手でも刻んでしまうわ。
撫で斬りのみならず、居合いまでこなそうとはと。
同じく腕に自信の刀の使い手でもあるブルックにしてみれば、
どんな詰め込みようをしたらば、
このようなよくよく練れた剣豪が促成されるものだろかと、
不思議でしようがないらしく。

 「だって、やる気があるだけで身につくものじゃあありません。」

どんなにしゃにむにそれへだけ当たったとしても、
経験を積まねばどうしたって身に馴染まぬものはあって。
道場での練習がどんなに多彩であったって、
いざという時に繰り出せなければ意味がないのだし。
戦闘への勘とか手際は、
この場面がそうだとか、あん時のアレと同じとか、
そういう瞬時のひらめきへ、体が連動してこそ完成するもの。
様々な場面をこなし、乗り越えた末でないと、
身にはつかないし引っ張り出せもしないはず。

  殊に、一発必中の居合いともなりゃ。

見切りの失敗はそのまま死を意味するほどに危険な技だ。
苛酷なグランドラインという航路にあって、
こうして生き延びているのだからと。
そんな言い方を引き合いに出しても
そのまま“ああ成程”と理解されはしないほどのこと。
それのみを磨いて来たか、
さもなくば他を全て極めた身だからこそこなせる、
シンプルに見えてその実、大変な仕儀だというのに。

 「さてな。必要だったからやってみたら出来たまでだが。」

それを披露した若者は、気負わず気取らず、あっけらかんと言い放つのみ。
まま確かに、十代とは思えぬ屈強な肢体をしてもおり、
それにそれに、他の皆さんから訊いた話じゃあ、
七武海の一人、あの大剣豪ミホークとも、
この航路に入る前という早い時期にやりあったとか。
何がそうさせるのかは知らないが、
歩んで来た歳月なんて関係ないという、ある意味立派な非常識さで、
破格の腕前、身につけておいでな、戦闘隊長殿であるらしい。

 「あんたの太刀筋も、居合いじゃねぇのか?」

樽の外へとこぼれた切れっ端、
外の海へと転がって行かぬよに、中へと拾いあげながら、
そんな事を訊くゾロへ、

 「あ、そういや似てますかね。」

うんうんと頷いて見せた骸骨さんは、
音楽家という特質を気に入られての仲間入りだが、
ステッキに仕込んだ刃での、そりゃあ壮絶な斬撃もお得意。
目にも止まらぬ早業で、すぱりと撫で斬り、後から裂ける時間差攻撃。
斬られたことへと気づかぬほどの、切れ味繰り出す攻勢は、
西洋の剣術に多い、叩く突き通す薙ぎ倒すという戦法よりも、
和国流の“斬る”戦いように近いかも。

 「微妙に我流の戦いようなのですが、
  そういや居合いにも通じておりますか。」

元は由緒ある親衛隊か何かに居たような言いようもしていたお人だが、
海へと出ての生き伸びていたいなら、
生き残るためには何でもやって命をつないだに違いなく。
正式正統な教えとやらも どんどんと手ずれしてゆき、
気がつきゃ随分と違った代物になってるなんてのはよくある話だ。
さもありなんと、口許引き上げ、野性味あふれる苦笑をゾロが見せれば、
白い顎をカタカタと鳴らしてそちらさんも笑ったブルックだったものの、

 「それにしたって何とも頼もしいことか。
  ルフィさんを守って来られた技でもあるのでしょうに。」

そんな言いようを足したのへは、

 「??? ああ? 守って来た?」

聞き捨てならぬと熱
(いきり)立ってまではいなかったものの、
何をまた突拍子もないことをと言いたげに、
眉間のしわが殊更寄ったゾロだったりし。

 「いえ、ですから。
  新世界へと入ろうかという、苛酷な航海をこなして来られたくらいです。」

それもこの頭数で、当初はもっと少なかったのでしょう?
グランドラインへ入ってからのお仲間が、
チョッパーさんとロビンさんとフランキーさん?
じゃあ、十代の方ばかりが、それもたったの5人で入って来られた?

 「…まあ、ブルックが言いたいことは判らんでもないが。」
 「そうよねぇ♪」

窓を開け放ってたキッチンへも、彼らの会話が風に運ばれて届いており、
そこに居合わせたサンジとロビンが、何とも言えない苦笑を見せる。

 「あ〜んなまで頼りになんねぇガキ大将が、
  クソマリモはともかく、俺らの助けもなしでは、
  到底生き延びちゃあこれまいって順番にもなろうから。」

改めてそれを思うと、腹だたしいったらありゃしねぇと、
微妙に眉をしかめたサンジだったものの。
細くはあるが頼もしい腕へ、シャツをまくって抱えてた、
大きなボウルに泡立て中のメレンゲへの集中、
一切途切れさせずの監視下においたままでありながら、

 「……クソ天然記念物の言いようの方も 判らんでもないのがまた癪だ。」

正に忌々しいという口調にて、
そんな言い方をして、ロビンさんをくすくすと笑わせてしまったのである。


   ―― だってね?


 「俺らは“守って”やってるつもりはねぇぜ?」
 「はい?」
 「俺だけじゃねぇ、他の連中も同じなはずだ。」
 「ははぁ?」

本格的な戦いを、一緒に交えはしたものの、
最初から最後までと一緒にいた訳じゃあないその上に、
あのスリラーバークでの大決戦のその後の、
世界政府から遣わされた刺客との秘密裏の戦いもあってのこと。
ブルックには、今一つか二つほど、
彼らの連携がまだまだ飲み込めてはない部分もあるようで。
おややぁ?と首をかしげる彼を前に、

 「考えてもみな。
  庇ったり守ったりしてやんねぇとって弱い奴を、
  何でまたキャプテンへと据えて命令聞くんだ。」
 「それは…そうですが。」

でもねぇと、ルフィの気概や気骨の雄々しさ強かさは知ってるブルックにも、
真剣勝負の場にあっての駆け引きや、若しくは日頃のあれこれへの、
あの船長さんの頼りないまでの無邪気さがどうしても、
彼一人じゃあ成り立たぬチームだろうにとの懸念を抱かせたようであり。
そんな彼の戸惑いようへ、
いい大人なんだから自分で気づけと言いたいか、
男臭い表情浮かべ、くすんと微笑ったそのまんま、
大きな手に鋼の棒を浚った樽を提げて、
キャビンの方へと進みかけたゾロではあったが、

 「単純な理屈だ。
  奇抜な技やら専門の蓄積の要る下らねぇ小者や、
  俺にはそれが目的の、それなりに刀を振るうような相手は、
  俺らが引き受けるってだけのこと。」

日頃平生のあれやこれやにしてもそう。
一番得意にしてる奴がやりゃあいいことへ、何もあいつを引っ張り出すこたない。
却って手間取るか、後始末って仕事が増えるだけだから、
そこは頼りになんねぇ奴だとフォローもするが、と。

 “そっち方面じゃあ、ゾロもたいがいだけどもな。”

こちらは、薬草育てている菜園に出ていたチョッパーがついつい思ったらしいこと。
そんな合いの手も今はともかく、
この船のクルーには、もはや当然の決めごとのようなもの、
うまくは言えぬがと紡いだ剣豪殿のお言いようはというと、


  「この海賊団が先へ進むにあたっての、
   越えにゃあならねえ壁に出会ったなら、
   それを蹴倒すのはキャプテンの役目だからよ。」


海賊王になろうって奴だ、やれて当然じゃああるが。
そんな言いようをしてのそれから、

 「それへの邪魔んなるよな瑣末なことへは、
  だあもう任せなって、見かねて手ぇ出しちまうだけのこと。」

俺らが請け負ってるのはそれだけで、
後はてんで好き勝手をやってるだけだと。
大威張りの胸を張って、言ってのけた剣豪殿へ。

 「…ははぁ〜。」

ああ、なんて誇らしげなお顔をしますかと。
声だけじゃなく、唯一お顔も見ていたブルックが、
そんな風に感心する。
守るは大仰ながら、それでも支え合っているのだろうに、
それをそのまま口にするのは癪なのか、それとも自覚がないままか。
皆して一人前の、だが、どこかでは…恐らく柄じゃあないとの照れ臭ささから、
ちょいと見当違いな威張りようにて、胸を張ってる海賊さんたちで。

 “こりゃあやっぱり、面白い皆さんだ。”

小さく小さく微笑うほど、パッと見には判りにくい風貌の、
骨張った…どころか骨だけのブルックが、
そりゃあ楽しそうな含み笑いをこぼした間合いへ、


 「ぞーろぉーーーーーっっ!」


一体どこから降って来たのだか。
メインマストの見晴らし台より上にいたらしき船長さんが、
ドップラー効果を背負って飛び降りて来たから、さあ大変…vv

 「うおっとぉ。」
 「あわわ。」

目測を誤って叩きつけられることもなく、
当然
(?)、待ち受けた誰かさんが潰され負けすることもなく。
屈強精悍な筋骨に、絶妙な“ため”の弾力性までおまけして、
余裕で受け止めてしまった荒業、難無くこなし、

 「お前なぁ。」
 「飯がいたぞ、手伝えっ。
  あ、ブルックも、竿とか たも網とか持って来いっ!」

あっちあっちと指さす少年が、脚だけで腰へと巻き付いてるのへ、
判ったから落ち着けと、怒鳴っていつつも ほどきもしない。
もはや文字通りの“呼吸レベル”の完成度になってる息の合いようへも、
ははぁと感嘆する白骨の音楽家だったりし。

 “得てして、こういう破天荒な方々が、偉業を成すもんなんですよねぇ。”

だったら、とんでもない船に関わってしまったこととなりますな、ブルックさん。
先々が楽しみと、ほくほく笑う骸骨さんだったりするのである。





  〜Fine〜  09.03.06.


  *何だか最近、
   ゾロがルフィとしっかり共演してないなとか思って書き始めたんですが。
   単なるブルックへの説教話
(?)になってしまいました。
   年長者へ何してますかってですよね?

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